ドイツ・スイス・オーストリア修行経験を生かしてケーキ店開業
将来の独立をめざし、都内のケーキ店で修行していた大橋さんは、思うところあって輸入食材の商社に入社し7年間勤務しました。仕事は本場のチョコレート、ハーブ、菓子製造用品などを国内の洋菓子業界に紹介する事です。社命によりドイツ・オーストリア・スイスに出張、洋菓子とその食材の研究をしてきました。
日本に戻ってからは本場のケーキの作り方、食材の利用方法、国内での応用の仕方などをケーキ屋さん、菓子メーカー等に紹介し、輸入材料を使っていただくための販売促進をしました。
やがて、自分でもそれらの食材を使った洋菓子を作りたくなり、昭和62年に円満退社、独立開業しました。今では戸田店の他、蕨に支店を出し、地元に定着したお店になりました。大橋さんの修業時代と創業体験について聞きました。
ヨーロッパ修行といっても、輸入商社の社員として行ったので、材料メーカーさんから見ると私たちはお客さんです。とても大事に扱ってくれました。そのせいかも知れませんが、3国ともに日本に好意的な国・国民性だと感じました。ドイツでは1都市にひとつは日本料理店があって、ドイツの人たちも利用しています。あるレストランに入ったら、予約したテーブルに日本の番傘のミニチュアが飾ってあって、僕たち日本人を歓迎してくれました。しかし、ドイツのレストランは一人前の量がとても多く、たいていげんなりしてしまいました。都市中心部では日本人が一人で歩いていても危ない事はありませんでした。
また、ドイツではほとんどの企業は土曜日は休みです。土曜日に電気がついているオフィスは日系企業くらいでした。
当時、日本とドイツはアメリカを除けば経済の2強でしたが、働く時間の長さには大きな差がありました。
私が「研究」に訪れた菓子工場や食材工場は郊外の田舎町にあることが多く、そういうところでは町の裏通りなどで傭兵さんに出会うと、不気味な感じがしたものです。
今の日本で言えば、新宿っぽい感じでしょうか。
私の感覚ではドイツのお菓子は“熟成”を特徴としたもの、フランスのそれは“フレッシュさ”が特徴だと思います。
ドイツのお菓子はミルクの風味を生かした一種のクセがあり、そこに深みとコクがあります。定番のお菓子用食材「マジパン」はアーモンドのペーストですが、日本のあんこのように使われています。生のアーモンド豆を湯むきし、砂糖を加えてペーストにしたもので、スポンジの生地に入れると自然なしっとり感とコク、香りが生まれます。バウムクーヘンも本物は大変しっとりした味わいです。
また、マジパンに卵白などを加え、形を整えてオーブンにかければ、それだけで立派なお菓子になってしまいます。
チョコレートも油脂分の多さや粒子の細かさなどで種類がたくさんあって、用途に応じて使い分けます。
向こうではチョコレートなどを食べる量、回数ともにすごく多くて、ベッドの脇にチョコレートを置いていたりします。寝る前につまむのか、朝起きたときにつまむのかはわかりせんが。
今、日本ではベルギーチョコがブームです。ベルギーチョコにはベルギーチョコの良さがありますが、私の意見では日本人に一番合うのは粒子のきめ細かい、スイス産だと思います。
スイスだけではありませんが、伝統的な取引慣習があって、良いチョコレート豆を優先的に買い付けできるメーカー、というのがあります。うちで使っているチョコレートはもちろんスイスの最高級品で、以前勤めていた商社とのつきあいもあって、ふんだんに使うことができます。
商社を辞めて独立したのは、戸田に住んでいた親戚に誘われたのがきっかけでした。勤めていた商社は居心地が良くて、友達もいましたし、辞めるときは悩みましたが、元々自分の店を持ちたいと思って洋菓子修行をしていた事もあり、決心しました。 今では戸田という良い土地柄で商売させてもらって感謝しています。今でも商社マン時代の友人達とつきあっていますし、すべて良かったなあと思っています。
ドイツ系の食材はすばらしいと思いますが、向こうで売られているのとまったく同じお菓子・ケーキを作っても日本ではむずかしいだろうと最初から思っていました。
また、日本国内でも地域性があると思っていました。
だから戸田で開業する前に戸田市・戸田市周辺の売れている洋菓子屋さんを中心に商品の傾向を研究しました。
フランス系の洋菓子はムースなどのフレッシュさが持ち味ですが、私はそれよりもドイツ系をアレンジした優しさのある味が戸田市内・特に子供さんには向いていると思いました。
開業に当たっては、今は無くなってしまった信用組合さんに融資を受け、家内と二人だけで始めました。気分は楽天的でしたが、今から思うと自然に計算をしていたようで、最初から人を雇っても給料を払える保証はないと思い、2人だけで始めました。
そして売上げが増えて本当に手が足りなくなった時点で人を増やそうと考えました。
最初の1年は一日3万円くらいしか売れませんでした。借入れをしたときの「計画書」では一日8万の売上を予定していたので、予定の1/3強です。
とっても苦しいはずですが、経費を多めに見ていたし、夫婦2人だけが生活する分にはそれでつじつまがあいました。
2年目に6万/1日、3年目に8万/一日になって、ようやくパートさんに一人来てもらいました。5年目で蕨に支店を出しましたが、こちらも最初の年は売れませんでしたねえ。でも、今開業する人は最初から人を5人くらい雇ったりして、私の考えとはだいぶ違うやり方も出て来たと思います。
私の個人的な考えでは、ドイツの熟成を特徴とした焼き菓子系のケーキがおいしいと思うんですが、今のお客さんに人気なのはフルーツ系のものですので、それにも力を入れています。
フランスで修行してきた人たちが国内に増えてきています。そういう経験を持つ人は、向こうのいろいろな材料を使って帰ってきますから、日本に戻ってからも今までにない材料を使う傾向があります。
また、ケーキの種類も私が開業した15年前と比べると倍以上に増えました。それらのケーキに合った材料をきめ細かに使いこなせる時代になってきました。さらに、ヨーロッパでもフランス風の菓子づくりがドイツで行われるようになったり、ドイツの食材の良さを認めてフランスでも使われるようになったり、いろいろな動きがあって、洋菓子はまだまだ発展・変化すると思います。
一方、フランスでもドイツでも徒弟制度が変わってきていて、一日7時間以上労働させることが難しくなっているようです。
そうなると、試行錯誤して自分の好みの配合を作り、時間をかけて熟成させ、というような手間をかけて作るものは難しくなってきます。
これは私に言わせると食文化の危機じゃないかと思います。
おいしいものを作るのに一番大事なのは材料ですが、手間も大事です。技術も必要です。それらを身につけるのが修行だと思います。また、それをやらなければ、店も続けられないと思います。
私は日本も食文化が大きな役割を果たしている国だと思うので、手間暇かけて良いものをつくる、という道を残していかなければならないと思っています。
今の私の店は「明るく、買いやすく、ケーキ屋らしく」というイメージで改装しました。
お菓子に集中したいので、喫茶はやめました。店内の品揃え、特に進物の種類を充実したいと考えました。
ケーキ屋をやっていて良かったと思うのは子供さんに喜んでもらえることが一番ですね。
だいたい、ケーキは「ハッピーなとき」に買うもんでしょう?誕生日とか、クリスマスとか。個人的におすすめのお菓子はアーモンドペーストをたっぷり使ったバウムクーヘン、スイスの最高級チョコレートを使ったモーツァルトトルテ等ですが、フルーツ系もおかげさまで好評です。バースデーケーキは上に載せるお人形キャンデーをカウンター越しに見て選べるようにしてあります。
これはお寿司やさんのカウンターにヒントをいただきました。
また、子供さんの選んだ絵をケーキの上に再現できます。手書きも出来ますし、食用インキとオブラートにパソコン・プリンタで印刷することもできます。これをこっそりやれば、お子さんが喜びますよー!
大橋さんはいつもニコニコ顔で、円満な人柄と見受けられましたが、やはり原材料の研究での海外体験をし、一度ケーキ職人を離れて材料の供給側に回った経験があるためか、なかなか視野の広さを感じました。
また、単においしいケーキを作るというだけでなく、創業時の採算の考え方や、出店する土地に合う商品の開発を心がけた事など、耳を傾けるべき部分が多くありました。
また、『お菓子はそんなに売りやすい商品ではありません。洋菓子は修行が大事です。実際においしいお菓子を作れる職人さんといっしょに働いて言葉は悪いけど「盗む」くらいの気持ちがないと技術は身に付きません。その上で「自分の」ケーキを作り出す努力が必要です。ぼくらのような小さい店では、とにかく「おいしいケーキを作ること」が絶対条件ですから』とも言われていました。つまり、成功のためには少なくとも1.修行→技術修得、2.研究→自社商品(自分のケーキ・特色)、3.採算を含めた経営センスと、性質の違う3つの要素が必要という事でしょう。もちろんお客様の立場に立つ事が基本です。ケーキは甘いが、仕事(経営)は甘くないと思い知らされた次第です。(2003年9月)
コンディトライ・オオハシ
戸田市新曽812
(戸田駅西口、セブンイレブンの向かい)
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