企業の危機管理・横領

前書き

商売柄(商工会経営指導員&雑用係)、中小・小規模企業を訪問していろいろな集金をすることがある。企業を訪問して集金に来た旨を告げると、取り次いだ事務員さんが奥に行って、社長の奥さんを呼んでくる。奥さんは、鍵を取り出すと金庫を開け、小切手を取りだし、これまた鍵のかかった箱から実印を取り出してはんこを押し、小切手に金額を打ち、支払って下さる。

つまり、手形や小切手は社長の奥様だけが管理しているのだろう。

最初の内はただなんとなくそういう手順をながめていたものだが、あるとき、重大な意味があるとわかった。

ある小売店の店主が、知らない内に麻雀仲間に手形を不正に使われてしまい(支払手形を振り出されて)資金繰りがつかず、不渡り倒産、という事があったからだ。

今から思うと信じられない事件だ。又聞きだし、ほかの原因もあっただろうが、手形類をお粗末に管理しているととんでもないことになる。

信頼していた役員が会社の金を横領して倒産、という事例は「不屈の社長のエッセンス」で紹介した。しかし、役員じゃなくたって普通の会計係の従業員だって不正を働こうと思えば、チャンスはあるかもしれない。

信頼関係は大事だが、信頼関係を崩さないための防止策・安全策も必要だ。人間は誘惑には弱いものだ。誘惑してしまうような環境を経営者が許していたとしたら、その経営者の罪も重い。

これからご紹介する事例は県内の某企業で実際に起こった従業員による横領事件に対するアドバイスである。県内の某商工会の指導員が送ってくれたものだが、その企業では、会計担当の従業員が3000万以上の横領をしたのだ。

驚いた事件だったが、弁護士に相談に行ったら、「よくある事ですよ」と言われたので、2度ビックリ!そんなによくあるんなら、経営事例として紹介し、事故防止・危機管理の参考になるのではないかと考えた次第である。

なお、これらは、あくまでも参考資料として扱っていただきたい。ここに紹介した内容はこの種の事件に対し必要なすべてを網羅したものではないし、事件の防止や解決を保証するものでも無い。あくまでも一つの考え方・参考資料である。実際にこの種の事件に直面した経営者は、自己責任で解決に当たっていただきたい。

[1]同種の事件を経験した経営者のアドバイス

今回のような横領事件は、企業にとっての緊急事態、危機的状況を招く種類の問題である。横領により資金不足が生じ、倒産に追い込まれるという事例は、残念ながらそれほど珍しいものではない。しかし、再発防止はもちろん、この事件の影響による会社の倒産ないし業績悪化はなんとしても防がねばならない。この種の事態を経験し乗り越えたり、倒産したりした経営者の経験談があるので、それらをふまえて意見及び対応策を述べる。

1.基本的な対応(冷静さを保つ)

3000万の横領や、回収のこげつきなどに直面した経営者は怒りの感情を抑えることがむずかしいだろう。3000万の損は純損失である。3000万の利益を出すにはいくら売り上げなければならないか?そのために何人の人をつかい、何ヶ月間、何時間仕事をしなければならないのか。それを相手経営者の放漫経営(不渡りの場合)や、従業員の不正(横領の場合)などのくだらない(!)理由で自分が被らなければならないのか。

しかし、この種の経営危機に対処するにはまず、冷静さが必要である。冷静さを失って感情に支配されると判断を誤り、その問題に深くとらわれて視野が狭まり、どうどう巡りに陥ってしまう。

相手(倒産先、横領犯)を憎む余り、刑事告発、訴訟、暴力による取り立て、いやがらせなどをする人たちもいるだろう。

訴訟・訴訟の例では、私は以前、取引先と訴訟を起こしている卸売業の社長を見たことがある。

その社長は相手を訴え、金をとってやると言っていた。しかし、私の目から見て、本業に火がついているのに、訴訟に時間を使う余裕は無い事、訴訟に勝っても簡単に入金する見込みは少ないと思ったので、その旨進言した。しかし、その社長は営業時間内に訴訟の準備に熱中して仕事は従業員・家族にまかせきりのようであった。その後会社は倒産してしまった。

暴力・暴力的な第3者に依頼した取り立て。人から聞いた話だが、業界内で「あいつは強引な取り立てをした。自分の分だけ取り立てた。倒産したとは言え長年の取引先にいやがらせをした」などという評判が立ち、その後の商売にマイナスになるとのことだ。

いくら相手が倒産したとはいえ、人である以上、すべての基本的人権はもっている。いやがらせをして、それが犯罪行為なら、逆に処罰されたり、損害賠償を請求されてしまう。犯罪者だからといって、民間人が勝手に処罰することはできない。

それでも、汗水たらし、コツコツ働いて作った金を簡単に(!)横取りしたアイツは許せない!もっともである。

それでは、どうすれば冷静に考えることができるだろうか。

自らも倒産企業から再出発し、百戦錬磨の経験を持つある社長に教わったのだが、お金というのは、50万以下のもののことだ。50万を超えたらお金ではない。ただの数字だ。というのである。

今回の損失が3000万なら3000万だと仮定する。幸い内部留保が1000万あるので残り2000万。それを10年で取り返すとすれば1年に200万、毎月17万円。毎月17万ならこれこれの工夫で何とかなる、ああ良かった!と考えることができれば、あなたも百戦錬磨経営者に近づいた。

逆に3000万、3000万、ああ損した、ああ頭に来る、アイツさえしっかりしていれば、と無限ループに入ってしまうと、生産にも接客にも品揃えにも差し支えが出る。もしも今、当社に新たな問題が発生したら、十分な対処ができるだろうか。なにより、この経験がトレーニングや学習にならないので、もっと大きな危機に出会ったときの免疫にもならない。マル損、という奴である。

大損でも笑い飛ばせる経営者になるか、くよくよ悩む経営者になるかの分かれ道である。

2.損害を最小におさえる

では、冷静になれたとして、それからどうしたら良いか。

これも経験豊富な社長から教えられた話だが、債権者会議では、倒産した会社の社長が若いと、その会社をつぶさずに働かせ、それで回収してやろうという計算が暗黙のうちに(債権者の間に)働く、というのだ。

倒産という事態を起こした相手の社長を憎む余り、すでに破滅している倒産社長をさらに破滅させてやりたいと思う場合さえある。しかし、今まで見てきたとおり、相手を破滅させても自分にとって良い事はあるとは限らない。

逆に相手を生かして、少しでも償いが出来るような道を作ってやれば相手の罪の意識もいくらかは償われ、当方にもわずかずつとはいえ返済がなされ、お互いにメリットがある。

3.具体的な行動

以上の一般論からして、今回のケースでは以下の対応が望まれる。

まず証拠を押さえ、相手に横領の罪を認めさせ、いつ、いくら横領しました、という念書にサインさせる。これがないと、刑事告発も出来ない。

相手方(横領者)と交渉し、債務の返済について公正証書を作成し、返済条件を決める。当方の条件と折り合いがつかない場合は刑事告発をする、という手段を保持しておけば、当方の主導権で交渉が可能だ。相手の出方をみながら、刑事告発をするかしないか、また、する場合のタイミングを見極める必要がある。

[2]対応策のまとめ

1.対策スケジュールづくり

対策の順番は、緊急対処、原因調査、再発防止、責任者処分、再出発、ということになる。緊急対処とは、ただちに行わないと、不利益が生じること、今回で言えば、資金繰りの手当をする、相手の退職積み立てを押さえる、従業員の動揺を抑える、情報の拡散を防ぐ、など。

次に原因調査と再発防止を平行して行い、それが終わった時点で責任者の処分、新たな体制での再出発、ということになる。緊急対処が終わった時点でスケジュールを立て、それを関係者(幹部社員・従業員・その他、事情を知られてしまった第3者)に知らせておくと動揺を抑える効果もある。

2.原因調査・再発防止

組織の中では、まず仕組みが人を支配する。組織内のトラブルや犯罪は個人の要素よりも仕組みが招くことが多い。人間は環境(仕組み)に影響されやすい。仮に個人の要素が大きいケースだったとしても、そのような人物を採用した仕組みは問題にする必要がある。

人がミスや犯罪を犯しにくくする仕組みを明文化して計画し、実行し、効果をチェックする必要がある。

以上のような仕組みを作った上で人材教育をし、個人が問題を起こす要素を減らすよう努める。これが基本である。いくら人材教育をしても、誘惑の多い環境をそのままにしていては、十分な効果を期待できない。

3.責任を誰がどう取るか

原因調査や再発防止の方が責任追及よりも優先である。責任者をクビにしてしまったあとでは、再発防止策もやりにくい。感情にまかせ、ただちにクビ、というのは、一見毅然としてカッコ良いが、実益はあまり大きくない。周囲の事情から、その方がよいと判断すれば断固行うべきであるが、怒りの勢いだけで、というのなら一度考えた方が良い。

再発防止策を行う過程で、原因も明らかになる。原因があきらかになれば、責任も明確になって来る。管理責任というものも出てくる。一般論だが、最悪の場合、内部での、管理責任者に対する損害賠償訴訟もありうる。

管理責任を見逃してしまうと、本当の意味での再発防止は難しくなる。

4.責任追及の基本的な考え

社長に責任があり、役員にも責任があり、会社全体に損害を与えたとなると、運営に直接参加していなかった一般従業員の怒りは大きい。

しかし、会社が解散しない限りは従業員も役員も敵同士ではなく、運命共同体、味方同士であるべきものだ。それがいがみ合ってしまっては、対策も今後の経営もうまくいかなくなってしまう。

組織が危機に陥ったときは、構成員が協力しあわねばならないが、歴史を見ると、そういうときに内部分裂、内部抗争が激化し、滅びていった組織・国家・企業は少なくない。むしろ、ほとんどの組織は、滅びる前には内部分裂・内部抗争が起こっている。

ここでの対応は個々のケースで大きく異なるので一般論ではカバーしきれない。しかし、今回のケースでは、この企業は社長のワンマン企業ではなく、合議制・参加型の側面が強かったので、幹部社員の意見調整・一般従業員への説明が重要な要素となった。その中で、お互いに発言はする、意見は言う、しかし他の意見も聞く、その上で恨みは残さない、そういうコミュニケーションが必要になった。その下準備として、幹部社員から一般従業員への説明資料(事情説明・今後の方針・計画・再発防止策など)の配付が効果的だった。しかし、この例は他企業へ応用できるとは限らない。

(5)やるべき事のリスト

当面の業務と相手方への対処リスト

(以下の各項目に実施期間(開始日~期限)と担当者名を入れれば対策実施スケジュールが作れる。)

  • 本人との交渉 *1
  • 相手方退職金確保
  • 日常業務(横領した従業員の担当していた仕事)
  • 被害額調査
  • 法的要素・証拠等調査(弁護士との相談含む)
  • 外部への箝口令
  • 資金繰り対策
  • マイナスイメージ対策 *2

*1 本人との交渉内容

① 賠償計画確定 → 公正証書作成 → 賠償実行

(②に比べれば比較的短期間にまとまる可能性有り。但し金額からして返済は長期化せざるを得ないであろう)

② 交渉決裂 → 民事訴訟 → 刑事告発

(この場合、解決までに長期間かかる。損害賠償の開始はその後になる見込み。くわしくは法律相談(市町村の相談窓口の場合・企業の相談を受け付けない所もある。その場合県庁・弁護士会などで相談する方法もある)で確認)

*2 マイナスイメージのカバー対策(出来るだけ早く、かつ強力に行うべき)

事件のウワサだけでも企業にとってはダメージになる。訴訟が避けられないとなれば断固として行うべきだが、そのマイナスをカバーする、お客様のための事業、経営維持のための事業を行わないと、中長期的に影響がある。いつでも一番大切なのはお客様である。

[3]短いアドバイス

今回の事例では、経営者が、その従業員を信用していた事から、不正は存在しないものと頭から決めつけていた事が原因のひとつであったという。

監査などのチェックは、不正や不備を発見するためのものではなく、儀式として行われていた。儀式でなく、当たり前のチェックをしていれば、発見できたか、横領を防げたはずだったという。

従って、信用することと、効果のあるチェックを入れることは別に考えなくてはいけなかった、その点は経営者の責任であった、とのことである。

しかし考えようによっては、やろうと思えば、どんな厳重なチェックを入れておいても、不正を働くことは可能だろう。チェックの厳しさに応じて露見する時期が早い遅いの違いしか無いかも知れない。疑えばきりがない。それなら、そういう不正はこの職場には無いんだよ、という雰囲気をつくるのも予防になるかも知れない。

従業員は会社の仕組みの他、社長の性格にも影響を受けるので、社長が公私混同をしているようだと、従業員の不正の発生が多くなり、誠実な社長の場合、不正の発生率が下がるということも考えられる。

商店でレジ係の不正を防ぐには、防止の仕組みも大切だが、まず店主が不正(レジのお金を流用する)をしないことだ、ともいう。

不正は無いという雰囲気を普段から作り、経営者自ら公正に働き、不正が容易にできないチェックの仕組みを作ってあっても、それでも不正を働くような人がいたら、相手が悪かった、と言わざるを得ない。いろいろアドバイスはあっても、多くの場合、横領された金は戻らないことが多いようだ。予防が一番というのがここでの結論である。

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