経営と開業の事例 #32 戸 田市商工会トップメニューに戻る
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「事業承継も同時解決、2回目の経営革新へ の取組み」

 私共に、2回目の経営革新への取組みの案内が届いたのは、昨年の9月頃でした。自社製品のシューゼット
 広域の中小企業支援機関である、「東部地域力連携拠点」から連絡がありました。

 た だその時は、平成18年に承認された1回目の経営革新計画の4年目であり、私としては、新しい計画の作成よりも、「1回目の5ヵ年計画」を完遂して、キッ チリ答えを出したいという思いが強かったので、2回目のお誘いについては、 まぁ留保というか遠回しな言い方で辞退した・・というのが正直なところです。
  しかし、11月に入りまして状況が一変しました。
 まさに「百年に一度の大不況」、中小零細企業や個人商店は言うに及ばず、有名な大 企業でさえも、次々と倒産してしまうケースが増え始めていました。
 そんな重く暗い時期、私の携帯電話に川口市の仕事仲間から急報が 届きました。
 その内容は、主要得意先の一つである「環境装置を手掛ける化学メーカー」が、なんと突然、倒産をしてしまったのです。

  実は、「環境装置の設計製造」は、私共の3つの主要事業の内の一つでした。
 私 共イシダにとっては、1番目の看板事業が「航空製品の製作加工」であり、2番目が「発明品シューゼットの開発販売」、その次に位置する事業部門が、この 「環境装置の設計製作」になります。その部門の得意先が倒産ですから、今後は環境装置の受注が見込めなくなる・・という事で、その時に初めて、親父(会 長)と私(社長)、この大不況の渦中にある事を強く認識しました。
 親父と私では、経営方針に多少のコダワリや、考えの違いなどはあ りましたが、従来はそれが良い意味で切磋琢磨になり、常にプラス方向で纏まっていました。
 ただ今回に限っては、経営談議する度に、 親父と私、大きく意見が割れました。
 最大の焦点は、私共が保有する「環境装置を作る為の大きい設備」にあります。
  私の考えは、環境装置部門に見切りをつけて、その過剰な設備を至急撤去し、航空部門、もしくは現在好調なシューゼットの生産拡張を行なおうという意見。
  親父の考えは、倒産した「化学メーカーの元社員」の何人かが、いずれまた、どこかの化学系企業に就職するはず、その時に、新規受注に繋がるという事で、設 備がなければ、その新しい受注には対応できないという意見でした。
 私は、親父の見解も充分に筋が通っているし、その可能性もあ ると考えました。
 しかし、それはかなりの長期戦を覚悟しないといけないし、耐えうる体力が私共の会社にあるかどうか・・とも考え、 大いに悩みました。

 そして気が付けば、年の瀬、「仕事納め」の挨拶回りの季節になっていました。
 そんな年 末、例の東部地域力連携拠点の担当者から、再び連絡がありました。
 「以前に御案内した2回目の経営革新への取組み、いかがですか ね」との事。
 私は一瞬で、「有難い!コレだっ!最高のタイミングだ!」と思いました。
 1回目の経営革新承認 時である「平成18年」の時点とは、全く違う条件下の今、現状に沿った、新たな「5ヵ年計画の作成」が必要になってきた訳なのです。
  まず近々で何をすべきか、今の私共の強みは何か、足りないものは何かなど、 外部の中立なアドバイザーの意見を交え、全てを一度、テーブルの上に出して、家族全員で現状を見つめ、冷静に前向きに、調べ直してみようと思いました。

  そして今年1月、「2回目の経営革新」への取り組みがスタートしました。
 前回同様に、アドバイザーの方が来社され、経営状況や 財務内容を精査し、「新5ヵ年計画」の方向性を探る事から、レクチャーがスタートしました。
 レクチャーも順調に進み、当初、親父と 私で意見が割れていた問題についても、SWOT分析などを駆使して頂いた結果、やはり過剰な設備を保有したままで、長期戦を行なうのはリスクが大きい、こ こは方向転換を試みるのも良策との事、
アドバイザーからの説明は、常に、「分析データ」を机に出しながら行なうので、毎回毎回、賢明 な判断ができ、そして思い切った決断も出来ました。
 特に参考になったアドバイスは、例え環境装置の受注がなくなったとしても、発明 部門で充分以上に補える、むしろ急成長を続ける「シューゼット事業」を、拡大、拡張、躍進させる絶好の機会だと思います、というひと言でした。
  このひと言で、「新5ヵ年計画」は、発明部門のさらなる強化で決まりました。
 そして「新5ヵ年計画」のプラン作成に入る直前、アド バイザーが言いました。 「イシダさんの経営内容を分析させて頂きましたが、多少の危機は生じても、その経営スタイルはユニークで堅実、悲観内容はゼロに等しいと思います。
  ただ唯一の懸念材料は、 会長様と社長様の世代交代の問題では・・と思います。事業承継をそろそろ考えておかないといけませんね。」との事でした。
  そこで私自身、初めて「事業承継」という言葉を、認識するようになりました。
 事業承継の問題は、仲間内では雑談レベルでは話します が、元気な親父の姿を、毎日眺めているので、当分は心配ないだろうし、私としても面倒くさい(笑)。
 また親父の方も、不肖の倅に委 ねるのは心配でしょうがないだろうし(笑)。
 つまり事業承継に関しては、私と親父、「問題先送り」という事で一致でした。
  しかし、親父と同年代の方々を見ると、仕事から引退されている方や、既に第2の人生を謳歌している方も多い事に気が付きました。アドバイザー曰く、「工場 経営では誉れ高いお父様が、体力が充実している内に世代交代を実施し、 その薫陶を仰ぎながら、若社長は経営の経験を積むのが最良では?」との事。

  早速、経営に関わる両親と私、それに妻(万友実)も加えた4人で会議を開き、「新5ヵ年計画」のプランとして、「事業承継」を盛り込むことが決まりまし た。
 経営革新を活用した事業承継の実施は、アドバイザーも初めてとの事でしたが、過去の事例や有益な情報、データや文献など、可能 な限り提供して頂きました。
 ただここで大切なのは、事業承継は当事者の私と親父で、解決すべき事であり、大きい視点でいえば、 「5ヵ年計画」のアクションプランの一つであると言う事。
  故に、肝心な「事業承継の実務」は、あくまでも親父と私で取り組みました。概要のみ説明すると、第一段階は「代表権の移譲」、第二段階で「組織変更」を、 最終段階で「社名変更」を行いました。社名まで変えるケースは稀でしょうが、 意中の名前がありましたので、新しい船出の時には是非と、考えておりました。その名前こそ、私共の発明品、今年25周年を迎える「シューゼット」です。経営革新認定書
  「シューゼット」という商品名は、発明した母、「石田あつこ」が名づけました。
 母は九州から嫁いできて以来、油まみれになりな がら、厳しい町工場の経営を、裏方で必死になって支え続けました。その母の思い出深い「発明品」の名前を、会社名にする事で、苦労してきた母の功績を後々 までも残したいと思いました。
 これには父も大賛成、やはり母には頭が上がらなかったようです(笑)
 今年 の5月、ついに「新5ヵ年計画」は完成、埼玉県庁に正式申請しました。そしてこれが、株式会社イシダとしての最後の取り組みとなりました。
  平成22年6月7日、埼玉県知事より、2回目の「経営革新が承認」されました。今後は「株式会社シューゼット」、一層奮励、努力する覚悟でございます。
(平成22年9月)


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