経営と開業の事例 #8
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二代目経営者のつぶやき

 
「創業と守成」、このテーマは、洋の東西や時代を問わず、いつの時代でも、ある立場の人々を悩ませる事柄であろう。
 この言葉は、古い中国の書物「貞観政要」のなかの一節にてでくるものだが、そのなかでは、創業と守成はどちらが易しいかという問いに対して、創業は易しく、守成の方がはるかに難しいと述べている。
 新しい事業を起こすというのは確かに大変な努力と苦労を伴う。
 しかし、創業者にとってはその苦労も楽しみの一つである。が、彼らの後継者にとって守を成すことは苦痛と忍耐のみを伴う。なぜなら、後継者には創業者以上の成功が求められるし、失敗は許されないからだ。
 成功しても先代からの基盤があるからと手腕は過小評価され、失敗すれば先代の手腕と業績を知る者からは、「全部あいつが悪い」といった非難を浴びる。
 1からスタートする創業者はたとえ失敗しても、これほどの非難は受けない。本人にやる気があれば、やり直すことも可能だ。
 ともあれ、"無能な"後継者の受け継いだものが事業であれば会社はつぶれ、国家であれば国は滅びる。そのような事例は歴史を見るまでもなく、自分たちのごく身近にいくらでも転がっている。
 では、不幸にして二代目、三代目となる運命を背負った者は、偉大なる創業者の残照の影で、自分の役目を無事全うし終えるときまで、ひたすら戦々恐々としなければならないのだろうか・・・。
 このページを書いている私も、小さな工業系中小企業の二代目である。大企業や名門の御曹司でもなく、頼りになる補佐役も側近もいない。父子二人で油にまみれながら、わずかな従業員と共に小さな町工場で頑張っている。
 私の会社では、かなり特殊なものを製造しており、同業者は国内には数社しかないほどの小さな業界(と呼べるか?)である。
 そして初代であり父でもある現在の社長は、創業者によくあるタイプの、人並みはずれた才能の持ち主でかつ強烈なワンマン社長である。
 若いときから苦労を重ね、電気、機械関係では驚くほどの知識と経験、技術を持っている。そんな先代に私はまったく頭が上がらないでいる。
 特に、頑固な職人気質の技術者がそうであるように、父もまた技術的なノウハウは教えない。人に教わらず、自分で考えて覚えろ、というタイプである。
 もともと特殊な業種なだけにナイショで外部から技術的な情報を仕入れて先代のハナをあかしてやろうとしても、情報が乏しくてむずかしい。
 やむを得ず、頭をたたかれながら経験を積み重ね、先代のノウハウを盗むしかないといった毎日で、トライアンドエラーの繰り返しである。
 こんな境遇の二代目としては、この先(それは決して遠い未来ではない)実際に事業を引き継いだときのことは"夢と希望"どころではない。
 会社の経営や資金繰り、より品質のいい製品を作り続ける新技術の開発と維持、営業活動、金融機関や取引先とのうまい付き合い方など、考えれば考える程、本当に自分はうまくやっていけるのだろうかと、不安になる日々が続いていた。
 私は、自分のことをおそらく二代目コンプレックスであったと思っている。理由は簡単だ。創業者でもある父の才能と知識、経験、技術といったすべての能力と、自分のそれとのあまりの違いに、自分の絶対的な力不足を痛感していたからだ。
 そして、二代目という言葉のプレッシャー。
 しかし、努力の甲斐あって最近はそういったコンプレックス感が薄らぎつつある。自分が持っていた先代に対する能力的なコンプレックスや、二代目だから頑張らねば、といった肩肘張った緊張感はおおよそ克服できたのではないかと思う。
 そして少しずつであるが経験を積むことで、この仕事を続けていく自信を持てたように思う。では、私がどのように二代目コンプレックスを克服したのか、私なりの克服法を述べてみようと思う。あくまで私の場合だが。
 私がコンプレックスを克服できた一番の理由は、まず結論から言ってしまえば「開き直った」ことである。これでは答えになっていないのでもう少し詳しく述べる。
 まず、当たり前のことだが自分と先代は別の人間である、ということ。そして持っている能力も考え方も違うということを冷静に認めたところから気が楽になった。
 そして、現在の自分の知識、技術と経験の度合いを過大評価せずに自己判断してみた。
 私の会社では、製品の製造開発に必要な機械や部品類のほとんどを自家製作するため、広範な知識と技術が必要となる。例えば機械や部品を設計し、それを実際に作り出すために旋盤加工、フライス、ボール盤加工、各種溶接、プレス加工等、ほとんどの機械加工(削る、穴をあける、溶接する、プレスする)を自分で行う。
 それらの機械を動かすための電気工事、配線工事もするため、電気関係の知識と技術も必要となる。
 私は、外で仕事をしていた時期を除くと、おもに生産する工程を監督しており、上で述べた、実際に機械を動かす、機械製作の各工程は、先代がほぼ一人で仕切っていたためあまりタッチしていなかった。
 現在の自分を自己判断してみると、機械関係の加工はなんとかできるが、どれもアマチュアで、本職の技術にはまだまだ及ばない。そして電気関係の知識と経験が致命的に不足していることが分かった。
 次に、今の自分に何が不足していて、将来的に何が必要になるのか、きちんと把握してみることにした。
 まず一番肝心な自社製品の生産については、毎日自分一人ですべての作業を行っているので、そこそこの技術的な自信はついた。しかし、実際にうまく作れても、その理論的な背景となる知識群はまだ不足している。特殊な業種であるし、絶対的な情報量が少なく、技術的なことはどこも企業秘密なので教えてくれるはずもなく、自分で試行錯誤しながら勉強して行くしかない。
 一番肝心な事がこれでは何とも心許ないのだが、幸い、うちの製品の品質は、今のところ国内はもとより世界的にもトップレベルだと自負している。この自信がなければ続けていく気が起きない。
 そして、品質のいい製品を作り続けていくためには、それに必要な機械や部品類の製作が必要不可欠であるが、残念ながら私には、先代のようにすべてを自分一人で作れるような能力はない。このことが、私のコンプレックスの大きな原因であった。今までの私は、自分も先代のような技術と知識を習得しなければならないと思いこみ、なかなか思うように上達しない自分に焦りと苛立ちを覚えていた。
 ここで、私がコンプレックスを克服するうえで大いに役だったのが、さきにも述べた、「自分と先代は別の人間であるということ。そして持っている能力も考え方も違うということを冷静に受け入れて認めた」という、発想の転換であった。具体的に言えば、「自分にできないことはその道のプロに任せよう」の一言である。先代は、自分でどんな仕事もできるものだから、あまり人を使わずに自分一人でやってきた。
 しかし、いくら万能な人間だからと言って、一人だけで仕事をしても絶対的な仕事量は限られてしまうし、時間もかかる。それに対して、必要最低限のものは自分で作り、外注できるものはそれぞれ専門の業者に任せれば、機械は早く完成し、結果的に製品の生産が上がり、ビジネスチャンスはふえる。
 ただ、設計図面の制作と電気、配線工事など、基本的な工程と企業秘密に関わるものは自分で修得してやらなくてはならない。
 これが出来なければ、機械部品を外注に出せないし、スイッチを入れても機械は動かない。現在の私は、仕事の合間にこの基本的な設計の工程に重点をおいて勉強中である。
 もっとも、設計の新しいアイデアをひねり出すには、その人のセンスが必要だと痛感している。そのセンスを磨くには、心のアンテナを感度よくしておかなくてはならない。
 このように私は、「先代と同じやり方ができない以上、自分のやり方で仕事をするしかない」と開き直ったときに、私の二代目コンプレックスはほぼ克服できたように思う。そして、自分の能力に足りないものはその能力を持った人に任せようとする考え方は、人の上に立つ経営者にとって重要な考え方であると思う。



 最後に、私が二代目コンプレックスを克服しようと悩んでいるときに学んだ事柄をいくつかご紹介します。お役に立てれば幸いです。

成功するには、自分の欠点を長所に変える発想の転換と努力が不可欠。
人は自分の長所によって成功し、同じ長所によって滅びる。
自分の能力と力量を冷静に把握すること。そして少し背伸びした目標を持つこと。
人の上に立つ者は、部下の能力を使うのではなく、才能を使う。
自分の仕事に誇りと責任感を持つこと。
先代からの事業にしばられず、常に新しい事業の展開を模索すること。そして伝統を大切にすること。
オリジナルな製品、技術、サービスなど、自分の仕事の分野で「本物」を何か一つ作ること。
歴史に学ぶこと。

1998,1,28十六夜武彦



 著者紹介

 十六夜武彦はペンネームである。
 もちろん、我が商工会の青年部員であり、部員の中でもおそらく有数の読書家、海外留学の経験もある。「竜馬がゆく」を愛し、歴史に学ぶ好青年である。



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